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第1話 見習い魔女と誕生日

Author: 173号機
last update publish date: 2025-03-16 22:57:35

 時計の針が二十時を回って少し。ようやく帰れる。

「お疲れ様でした」

「お疲れ様。年末に急な出勤をお願いして悪かったね。それじゃあまた正月明けに。良いお年を」

「はい、良いお年を」

 外出用の姿の”私”は、店長に作り笑顔を浮かべて女子更衣室へ向かう。言っておくが、これは不可抗力であって仕方の無いことだ。

 幸い私以外に誰もいない……こともなかった。小泉さん(二十四歳)が化粧を直しながら電話をしている。

 おかしいな。こいつが仕事に来ないっていうから、年末最終日に突然呼び出されたってのに、どういうことだ?

 私は小さな会釈に最大限の威嚇を込めて彼女の前を通りすぎ、マジックで竜胆白緑と直書きされた冷たいロッカーを開けた。

 内側に付けられた小さな鏡に写るのは、小綺麗な大人の女性。私の実年齢は四十代だが、外出用の姿は三十代かギリギリ二十代に見えるよう調整してある。

 この世界では資格や働けると思わせる見た目よりも、年齢はさておきワンチャン有りだよなとキモい男性社員に思わせることが大切なのだという。

 なぜなら私は見習い魔女。

 四十を過ぎているのにいっぱしの魔女として食っていくには程遠い稼ぎなのだから、それくらいの気持ちでいなければならないらしい。

 育ててくれた母であり大魔女の、それはそれはありがたい助言により採用された小さな薬局を出て空を見上げた。

 白く薄い吐息が背に流れ、微かに漂う出店の香りが財布の紐を緩ませるも、数枚の薄汚れた茶色い小銭が涙を誘う。

 とかくこの世界は金がかかる。この世界に魔力さえ豊富ならこんな苦労などすることもなかっただろうに。

 私をこの世界に放り込んだ張本人は間違いなくわかっていたはずだ。親父との時間を邪魔されたくなくて、こんな世界に飛ばしたのだ。

 大木の生えた人けのない公園に寄り道をして、鬱蒼とした森の隣にある自宅へ帰るとすぐに変身を解いて元の姿になった。

 古い日本家屋に染み込んだ薬草臭がとても落ち着く。

 ただいまの返事も聞かずに自室へ入りベッドに倒れ込む”私”……いや、”俺”。

 長年姿や性別を偽り続けてきた結果、それに応じて思考の一人称も使い分けるようになった。だから今の、親父たち譲りのあどけない少年の雰囲気をちょっぴり残し、美しいエメラルド色の髪とグレー味の強いアメジスト色の瞳を持ったこの世界では無駄に超イケメンな本当の姿の時は”俺”だ。

 超イケメンならすべての不幸が帳消しになると思う人もいるだろうが、それはとんでもない勘違いだ。

 まず本当の姿だと人間の友達ができない。俺の性格が悪いわけじゃない。中学に進学してしばらくすると皆、俺とエロいことがしたいと気持ち悪くなるからだ。

 ストレートに欲望をぶつけてくるのはまだよくて、最悪なのは俺を陥れておきながら、いけしゃあしゃあとエグい色事を条件に救済を提案してくるクソども。友情なんて育めるわけがない。

 それから痴話喧嘩のとばっちりも多い。刃傷沙汰はしょっちゅうで、身に覚えのない妊娠騒ぎも百や二百じゃ足りないくらいだ。

 ゲイもののAVのスカウトもハンパないし、老若男女問わずストーカーされるし、あれとかこれとか他にもいっぱい……もうやってられない。

 あと、なぜかやたらとゴキブリにモテる。

 そもそも、人間もゴキブリも恋愛対象じゃないんだ。心底うんざりする。

 とある神様と神様が下界でダラダラする漫画で、イケメンは呪われた顔面だと表現されていたが、まさにい言い得て妙。

 ま、そういうこともあって高校卒業後は、ほとんど時間を女の”私”として過ごしている。

 本当、この世界は魔力が少ないは、金はかかるは、顔面偏差値が低すぎるはで苦労が多すぎる。

「クソが……」

 イライラしすぎて仕事の怒りが、この世界へ来る羽目になった原因への怒りとリンクする。

 あれは俺が十歳を迎えた誕生日。

「あのねパパ。ぼくね、本物の魔女になりたいんだ」

「そうかそうか。でも吸血樹鬼(アルボルヴァンパイア)が本物の魔女になるには大変だぞ」

「大丈夫だよ。だってぼくはパパたちの息子だからね」

 そう、得意気に笑ってしまったのが運の尽き。

「じゃあ急いで異世界に行かなくちゃだね。一人前になりゅまで帰ってきちゃいけないんだよ。修行、頑張ってね」

 親父の膝に座る俺を恨めしそうに見ていた緑色のちんちくりんが、パアッと笑顔になったかと思うと、禁忌とされる世界を渡る転移魔法を発動させた。

 結果、俺はなんの準備をすることもなく、あっという間に異世界の日本とかいう国へ放り込まれたのだ。転移するギリギリに親父が投げてくれた袋以外は、本当に着の身着のままってやつだった。

 後から知ったことだが、その日の日本は昭和とかいう時代の何十回目かの始まりを祝う日の早朝で、俺は帰らずの森と呼ばれる禁足地の入口ので呆然としていたらしい。

 あれから色々あったけど、親父が言っていたとおり時間というものは信じられない速さで駆けていくもので、俺はたった今四十六歳になった。

「は、はは……まさかこんなに長くお世話になるとは思わなかったよ」

 零時前にこの世界での両親、竜胆紫と勝蔵夫婦にリビングへ呼び出され、古ぼけた時計が翌日を告げると同時に出されたのは、四十六本の蝋燭が綺麗に並べられた真っ白なケーキ。

 それはテーブルの真ん中に置かれ、母がささっとお猪口を三つ配ると、父が辛口の日本酒を並々注いでいった。

「お誕生日おめでとう、みどりちゃん」

「まあ、これから世話になるのは儂らの方かもしらんがの」

「確かに。父さんはずいぶん老けたよな」

 見ず知らずの俺を拾い育ててくれた両親も、今や年金暮らしの八十代。たまに遊びに来る孫たちを生き甲斐にしているどこにでもいる老人だ……世間的には。

「みどりちゃんはあんまり変わらないわよね。ずっと可愛いしカッコいいなんて羨ましい。吸血樹鬼っていいわね」

 二杯目を手酌している母の言うとおり、俺の外見は当時からあまり変わっていない。誰が見ても十八、九歳くらいと答えるだろう。

 俺の場合、この世界では漫画やゲームなどでしか見ないエルフやハイエルフよりも遥かに美しく長命な種族なのだから当然っちゃ当然だ。

 ちなみに吸血樹鬼は吸血鬼ではない。

 共通点は多いけど、俺が毎晩啜るのは樹液。美しい樹木に甘い言葉を囁き誘惑し、その艶かしい樹皮に牙をたてるのだ。美女の生き血を啜るとか野蛮なことする吸血鬼なんかよりよっぽど紳士的な種族だと自負している。

 ただ夏はカブトムシやカナブンがハイエナの如く寄ってきて、ロマンチックな雰囲気をぶち壊す。本当に迷惑している。

「いつまでたっても子供っぽいってだけだよ。不便の方が多い」

「変わらんものがあるのも悪くない。ほれ、お前の分だ」

 勝手に蝋燭を吹き消し切り分けていた父が手を止め、七号のホールケーキからおよそ二人分を除いた残りをズイッと差し出してくる。

「……多くない? ていうかなんで七号サイズなの?」

「あら、だって小さいと蝋燭並べるのが大変でしょ?」

 母は何を言ってるんだと言わんばかりに俺を見てから、迷わずケーキを彩る苺にブスッとフォークを刺した。

 俺は母と違って苺と生クリームどちらを先に食べようかいつも迷う。そうこうしていると、風呂場の方から二つの気配が近付いてくるのに気が付いた。

 リビングのドアが開いたので振り向くと、執事服を着た二十センチほどの青紫色のペンギンと、二メートル強はあるダークグリーンのローブが立っていた。

「ええ~? 今から?」

 急いでケーキを頬張って”今は無理感”を演出してみる。

「万年見習いがお情けで頂くありがた~いお仕事なんですよ。時と場所なんて選べるわけありませんよね?」

 そう言ってテーブルに飛び乗ったペンギンが目を細める。ローブもドアの横でポフポフと音を出して肯定していやがる。

「みどりちゃん、行ってらっしゃい。ケーキは冷蔵庫にいれておくから」

 母がラップを手にして微笑んでいる。少し怖い。

「はぁ、年末年始くらいゆっくりさせて欲しいもんだね。昼間の仕事もいきなり呼び出されたんだしさ」

 愚痴はすべてに無視され虚空へ消えた。でも俺はいい大人だからそんなの気にならない。愚痴を言い続けてやる。

 とはいっても行く以外の選択肢はない。しかたなく外出用の”私”に変身してダークグリーンのローブに腕を通した。ペンギンは定位置でもある肩に乗ってきて、偉そうにため息を一つ……。

「それじゃあ行ってくるよ。日が昇るまでには帰ると思うから」

 軽くペンギンを睨んでから両親に戸締まりを注意して、すすきを束ねて作った箒を持ち外に出た。見習いの箒はすすきと決まっているのだ。

「行ってらっしゃい」

「お土産よろしくな」

 両親の声を背に、”私”は年が明けて間もない満月の空に飛び立った。

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